グレイウイルス-ゼロ-
※こちらはゲームには含まれません。ゲーム本編より前のお話になります。



「どうぞ。感想よろしく」
 アンティークな内装のカフェへと呼び出された二階堂雅十は、カウンター越しに長身の男、一之瀬三影からコーヒーを受け取る。穏やかな笑顔を向ける三影に対し、雅十は小さくため息をついた。2人の他には店員も客もおらず、不気味な静けさが漂う。カップを口元に近付けると眼鏡がわずかに曇り、雅十は不機嫌そうに眉を寄せた。
「……コーヒーの味なんてわかりませんよ」
 そう前置きをし、コーヒーを啜る。そんな雅十を見守りながらもう1杯、三影はカップへとコーヒーを注いだ。
「一之瀬さん、自分ではどう思ってるんです?」
 三影は熱いコーヒーの匂いを楽しみ、眺め、やっと一口だけ口にする。
「いいんじゃないかな」
「そもそもコーヒー好きでしたっけ」
「好きだよ。それなりに」
「……まあ、香りはいいんじゃないですか」
「香りだけ?」
「さっき言ったように、俺はコーヒーの味なんてよくわかりませんから」
「まずくないなら、それでいいよ」
「まずくはないです」
「そう? よかった」
 雅十はもう一度コーヒーを口にし、おいしくないなと心の中で呟いた。けれども、三影が求める基準には達しているのだろう。雅十は、三影にちゃんとした商売をする気がないことくらい解かっていた。この喫茶店は、そんな意図で建てられていない。
「物好きですね。……ターゲットは?」
「近所の学生さん。この近くに大学があるでしょう?」
「駅は反対方向ですがね」
「一人暮らしの子とか」
 雅十はそこらへんの大学生よりも長く生きてはいるが、見た目は同世代だ。そして、雅十自身が好むのも、決まってそれくらいの年齢だった。
「俺はいいですけど、一之瀬さんが狙うにしては若くないですか」
「たまには若い子だって相手にしたい。雅十のことも、ね」
 誘うような口調で話すと、三影はカウンター越しに手を伸ばし、雅十の頬をそっと撫でる。雅十は無表情のまま、手にしたコーヒーをもう一口飲んだ。三影も、そんな雅十にはお構いなしで、頬や耳、首筋へと指先を這わしていく。ゾクリとした感触が雅十を襲い、僅かばかりに首を傾げた。
「雅十。スタッフとして働かない?」
「面倒なだけで、俺にメリットが無いです」
「雅十だって、かわいい大学生、捕まえられるかもしれない」
「それなら、俺は客で充分です」
「ナンパでもするつもり? 積極的だね」
 顎を撫でられた雅十は自然と上を向かされ、視線に捕らわれる。
「店員が客に手を出すのだって、積極的でしょ」
「ああ、バイト募集でもしようか」
「……人手が足りないほど客が入るとは思えないです」
 このコーヒーじゃ……そう思いもう一口飲もうとするが、上を向かされた状態ではうまく飲めそうもない。しょうがなく雅十は一度持ったカップをまたカウンターへと戻した。それを確認した三影の親指が、雅十の唇に触れる。ゆっくりと口内へと侵入してくる指先を雅十は拒まず、ただ、やっぱり物好きだなと感じ、視線を逸らした。
「以前はこうして少し舌を撫でられるだけで、咳き込んでたのにね」
 雅十が抵抗しないのをいいことに、三影は親指を引き抜くと代わりに人差し指と中指を揃えて奥まで差し込む。入りこんだ二本の指が舌の上を滑り、撫でられるたびに溢れてくる唾液を雅十が飲み込むと、三影の指がきゅっと吸い上げられた。その感触を楽しむよう、何度も指の出し入れを繰り返され、いい加減、雅十の口からため息が洩れる。けれどもそのため息が熱っぽく感じたのは、三影の勘違いではないだろう。雅十は少しだけぼんやりした瞳で、三影へと視線を戻す。
「……雅十。どんだけ咥え込んできた?」
「……ん」
「いつの間に、こんな奥まで入れられても嗚咽の一つも洩らさず歯も立てないイイコに育ったんだろうね」
 あほらしい……と言わんばかりにもう一度ため息をつき、雅十は三影の指を自分の口内から引き抜いた。
「あなたの知らない所で成長くらいします」
「そう?」
「それと……俺は、咥える方じゃなく咥えさせる方なんで」
「やっぱり苦手なんだ? 口になにか入れられるの」
 雅十に向けられた笑顔は、コーヒーを勧めたときとなんら変わりない。この人の笑顔は信用出来ないなと思いながらも、雅十は口の端をあげた。
「従業員なら五十嵐あたりが乗り気でやってくれるんじゃないですか。あと……話せば誠吾が名乗り出るでしょうね」
 雅十は椅子から立ち上がり、残りのコーヒーを口にする。冷めるとさきほど以上においしくないなと少し眉を寄せるが、そもそも本当は味などどうでもいいのかもしれない、そう思い伝えるのをやめた。
「五十嵐……悠か。大変そうだ。誠吾も真面目だからな……」
「真面目な人が一人くらいいないと、成り立ちませんよ。この喫茶店」
 三影が喫茶店を開く上で都合が悪くなりそうな二人の名を出し、雅十は心の中でほくそ笑む。それに気づいた三影もまた、雅十を見下ろし喉の奥で笑った。
「いいね。楽しめそう」
「……つまらない人」
「君はあいかわらず人を困らせるのが好きなようだ」
「お互い様じゃないですか」



「あれ、朔哉。あんなとこに喫茶店なんてあったっけ」
「……いや、気づかなかった」
「せっかくだし入ってみようぜ」
 二人の大学生が、導かれるよう喫茶店へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
 そこには、穏やかな笑顔を向けるマスターと、テーブルに付いていた肘を慌てて下ろし姿勢を正すウエイター、観葉植物に水霧を当てる生真面目そうなスタッフ、それともう一人、眼鏡をかけ本を眺める客の姿があった。
 楽しくなりそうだ……そう心の中で呟き、雅十は冷めたまずいコーヒーを口にした。








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