■ハロウィン■サリエル×ゼルクVer


「ゼルクー!! 見てこれ!」
 教室で、ネルが俺へと見せてくれたのはキラキラと輝く飴玉。
 ネルはホント、飴が好きだな。
 俺も好きだけど。
「どうしたの、それ」
「いいでしょ。今日はね、ハロウィンだからサリエルがくれるよ」
「ハロウィン? なんだっけ、それ」
 聞いたことあるようなないような。
「お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ、って言うとお菓子が貰える日だよ」
「まったくわかんねーけど、そのお菓子くれる係がサリエルってこと?」
「そうそう。あとでゼルクも貰いなよー」
 1つしか無いのか、ネルが俺に分けてくれる様子はない。
 サリエルは、他の生徒と話してるみたいだし……放課後、声かけてみるか。

 それにしても『お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ』なんて、ネルはともかく俺はそんなぶりっこみたいな口調、なんだか恥ずかしい。
 言いたいことさえ伝えられればいいんだろうけど。
 いたずらされたくなければ、お菓子を寄こせとか?
 ……うん、それがいいな。
 そんなことを考えてたら、授業内容なんてまったく頭に入って来なかった。



「……あれ、ネル。サリエルは?」
 放課後、ノートを鞄にしまい教室を見渡すがサリエルの姿が見当たらない。
「もう帰っちゃったのかな。早いね。お菓子取られたくないのかな」
「まあ、どうせ森あたりにいるんだろ。行ってくる」
「大丈夫? ついてこうか?」
「まだ明るいし。奥までは入らないから大丈夫」
 そう言い残し、俺は教室を後にする。
 いつもならうっとおしいくらいに声かけてくるくせに、今日に限ってサリエルのやつ、すぐ消えやがって。
 俺から逃げてんのか?
 そんなことを疑いたくもなる。

 けれど、森の入り口ですぐさまサリエルの後ろ姿を見つけることが出来た。
「サリエル!」
「……ああ、ゼルク。なんだ。1人で散歩か?」
 そうだ。
 どうせ散歩するならクーシーのこと連れてこればよかったな。
「うん……。あのさ、お菓子……じゃなかった。えっと、俺にいたずらされたくなければ、お菓子寄こせよ」
 そう手を差しだすと、サリエルは一瞬きょとんとした顔をするがすぐさま、口元に手を当て軽く笑う。
「なんだ、それ。なんでそんな上から目線なんだよ」
「あ、それは……」
 お菓子くれなきゃいたずらしちゃう、なんて言えるかバカ。
 意味は一緒だからいいじゃんか。
「別に、上から言ってるつもりはねーよ」
「あっそ」
 そう言って、サリエルは俺へと体を寄せる。
 つい一歩後ずさりすると、後ろの木へと背中がぶつかった。
「じゃ、どうぞ。いたずらしろよ」
「へ……」
 サリエルは、キスでもするつもりかってくらいに俺へとさらに体を寄せ、俺の頬を撫でる。
 待て。
 この展開は想定外だ。
「……いたずらしていいの?」
「いいぜ」
「えー……」
 いざいたずらしていいって言われると、どういうことをすればいいのかまったく浮かばない。
 なんだ、俺っていい奴だな。
 どうしようか。
 っつーか、俺はお菓子が欲しいわけで、いたずらしたいわけじゃない。
 つい首を捻っていると、耳元へと顔を寄せたサリエルが小さく笑った。
「ゼルクがしないなら、俺がする」
「は? なんだよ、それ」
「いたずらされたくねーなら、お菓子寄こせ」
「持ってないし、お菓子なんて」
「じゃ、いたずらするぜ」
「ふざけんなよ。なんだよ、その理不尽なの」
「どっちがだ。元々ゼルクが言い出したんだろ。お菓子かいたずらかって」
 ……そうだ。
 俺ってすっげー理不尽なこと言ってたんだな。
 お菓子だなんてかわいいもんだけど、やってることは恐喝じゃないか。
 苛められたくなきゃ、菓子出せ! みたいな。
 どうしてこうなった?
 ……そうだ、俺がぶりっこ出来ないせいでこうなったんだ。
 意味は一緒なはずなのに。
「いいよな、ゼルク」
「いや、待ってって」
 そう俺が言ったにも関わらず、お腹辺りに違和感を覚える。
 目を向けると、俺の左の脇腹付近にサリエルの長剣が突き刺さっていた。
「ひぃっ……ぁああっ!!」
「ひぃって、なんだよ、それ」
 いや、笑いごとじゃねーし。
 サリエルが笑って体を揺らすたびジワジワと服が血で濡れていく。
「うゎあ……マジでやめろって。抜けって! バカ。痛ぇ」
「痛くねぇだろ。そこんとこ、俺は優しいからな」
 ……確かに、違和感はあるものの痛くはなくて、サリエルが痛覚を麻痺させてくれているのは理解出来る。
 痛覚麻痺はともかく、こんだけ深く刺されたら俺、自分で治せるかどうか……。
 時間かかるよな。
 というか麻痺と治癒同時にって、難しいし。
 下手に動くと傷口広がりそうだし。
「ああもう、とりあえず抜けって。治癒出来ねーだろ」
「待てって。ほら……すげぇ、ぐちゅぐちゅ音してんだけど」
「マジで、掻き回すなって……。気持ち悪ぃ……っ」
「エロくてムラムラしてきた……」
「ふざけんな……っ」
「……森で翼出してんじゃねぇよ」
 ああ、俺、翼出しちゃってた?
 でも、こんなことされてたらそっちになかなか気が回らない。
「なあ……ゼルク。菓子やるからいたずらさせろよ」
「もうしてるだろ」
「そうだなぁ。でもそれなら理不尽でもなんでもねぇだろ? ちゃんとした取引だ」
 サリエルの言うとおりかもしれない。
『いたずらされたくなければ菓子を寄こせ』や『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃう』なんてのは理不尽な言い分だ。
 ……でも待てよ。
 今日はハロウィンだから、それが許される日なんじゃないのか?
「……サリエル。今日なんの日か知ってる?」
「……ハロウィンとでも言う気か」
「そう、それ」
「で? 結局、お前は俺にくれる菓子は無いんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、俺はゼルクにいたずらする正当な理由があるわけだ」
「なんでっ。サリエルはお菓子くれる係だろ」
「勝手に変な係に任命すんな。っつーか、お前も俺にいたずらすりゃいいっつってんだろ」
「だからぁ。いたずらとか思いつかねーしっ」
 そこまで言うと、そろそろ飽きたのかサリエルがゆっくりと剣を引き抜いてくれる。
 抜けきったところで、いままで止められていた血がたくさん溢れ出て来た。
「ひぁ……あっ」
「ああ、服脱がせてから切るべきだったな」
「どうでもいい……」
 こんなに血が……。
 見てるだけで怖くて涙が溢れてくる。
「ゃだ……これっ……あ、止まんない……」
「すげぇ、たくさん溢れてんな。傷口に指突っ込んでいい?」
「やだ……」
「じゃ、俺のちんこ突っ込んでいい?」
「もっとやだよっ!」
「ははっ、やだとか言われるとマジで興奮するし。なあ?」
 切れた服の隙間から入りこんだ指先で傷口を撫でられ、体が跳ね上がる。
「やっ……ぁっ」
「な。たっぷり濡れて、こんなに溢れさせて。ぐっちゃぐちゃに掻き回したらたまんないだろうなぁ」
「っ……やっ」
 目を瞑ると、涙が頬を伝う。
 その涙を拭うよう舌の這う感触がした。
「……この泣き虫が」
「っ……」
 からかうようなサリエルの口調。
 目を開けると、サリエルは笑みを見せ、俺の頬を撫でていた。
「ガチで怖がってんじゃねぇよ。ほら、治してやった」
 見下ろすと、傷口も服が切れた様子も見当たらない。
 ただ、俺の服は血で濡れたまま。
「……汚れた」
「お望みなら、俺が洗濯してやるからいますぐ脱げ」
「……やだよ。もういい。自分でする」
「もう暗いから、翼しまえよ」
 ……ああもう、なんかサリエルの思うツボだ。
 最悪。
 帰ろう。
 そう背を向けると、腕を取られ引き止められる。
「なんだよ」
「菓子やるって」
「……そういう気分じゃない」
「怒んなよ。ゼルクが言い出したんだろ。菓子寄こせって。俺は同じこと言い返しただけだし。ゼルクは持って無かったから、いたずらした」
「……ふん」
「でもって、お前は俺にいたずら出来ねぇみたいだし? だから菓子をやるのは当然だ」
 全部、サリエルの言う通りだからむかつくんだよな。
 ため息をつく俺の腕をさらに引き寄せると、口の中になにかをほうり込まれる。
「んぅ……」
 甘い。
 飴だ。
 つい顔が綻びてしまいそうになるのをなんとかぐっとこらえる。
「おいしいだろ」
「っ……おいしいけど、それは別にサリエルのおかげじゃないし」
「はいはい。よかったな、菓子が貰えて」
 まったく子供扱いだ。
 むかつく。
「これもやるよ」
 そう言うと、俺の手にもう1つお菓子を握らせてくれる。
 見たことのないお菓子だ。
 クッキーか?
「それはクーシーにだ」
「……魔物用のお菓子なの?」
「ゼルクが食べても構わねーけど、魔物でも食べれる」
 クーシーのお菓子。
 ……クーシーの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
 ……なんだよ、もう。
 これじゃサリエルのこと嫌いになり切れねーし。
 ホント、むかつく。
「じゃあ、帰るか」
「……うん」
 まだ、溶けきっていない飴を舌で転がす。
 甘い。
 ……ここでサリエルのこと許しちゃうのは甘いかなぁ。
 なんて思うけど、サリエルは絶妙に一線を越えないでいてくれる。
 嫌いになれないし、絶対に嫌だと思う一歩手前でやめてくれる。
「もう1個やるよ。こっちは持ち帰り用な」
 そう言って、追い打ちをかけるよう、まだ包まれたままの飴を俺に渡してくれる。
「あり……がと」
「気が向いたらまたやるよ」
「……うん」