■イースター■

(AngelSyndrome略奪ルート後 ゼルク×ネル)


 アイムとサリエルが中級クラスに来なくなって何日か経った。
 授業後、隣でノートにペンを走らせるネルに声をかける。
「……ネル、わかった?」
「……ちょっと難しいね」
 アプサラスなら理解していそうだけど……。
 チラッとアプサラスの方に目を向ける。
 そんな俺の視線に気づいてか、ネルが隣で小さくため息を漏らした。
「この時期の王子はたぶんダメだね」
「モテ期だから?」
「モテるのはいつもだよ。そうじゃなくて発情期だから」
「発情期……」
 そういえばそうだった。
 アプサラスにはボティスっていう蛇みたいな使い魔がいる。
 その子が定期的に発情期を迎えるみたいなんだけど、この時期はアプサラスも忙しいらしい。
 相手を探したり、相手をしたり……するんだって。
「ゼルク、顔赤くなってる」
「え、ホント?」
「うそ。でもエッチなこと考えた?」
「考えてない」
 本当は、ほんの少しだけ考え始めてたかもしれないけど。
「俺もそろそろ欲しいなぁ、使い魔」
 ネルは使い魔を持っていない。
 俺も持っていないんだけど、クーシーがいる。
 クーシーは魔物だけど友達だ。
「クーシーとは、人間界の森で出会ったんだよね?」
「うん、そうだよ。小さいころにね」
「小さい魔物を森で探せばいいのかなぁ」
 小さい頃から一緒にいれば、クーシーみたいに懐いてくれるかもしれない。
「森、行ってみる?」
 俺がそう提案してみると、ネルは大きく頷いた。
「うん、行こう!」
 2人で森に行くのは初めてだ。
 いつもはサリエルがついてきてくれたから。
 でもサリエルは、もういない。
 まあ、上級クラスにはいるんだけど。


「まだ昼だし、大丈夫だよな……」
「うん。いつもなにも起こらないしね」
 俺とネルは手を繋ぎながら、森に足を踏み入れた。
 結界より少し中に入ってしまっているかもしれない。
 でも、まだすぐに逃げられる距離。

 すると、少し離れた所で物音がした。
 ガサガサと草木が揺れる音。
「魔物かな」
 ネルが俺の手をぎゅっと握り直す。
「だ、大丈夫」
 強がってみせるけれど、俺はクーシー以外の魔物をよく知らない。
 動けないでいると、ネルが先に一歩前へと踏み出した。
「俺がついてるからね!」
 ネルは強い。
 怖がりなのに、俺が怖がってると自分が犠牲になってくれる。
 ネルの気持ちはすごく嬉しいけれど、俺もネルを守りたい。
 だからネルの横に並んで、一緒に草木をかき分けた。
「あ……」
 そこにいたのは1匹の魔物。
 クーシーなんかよりずっと大きいけど、ふさふさした白い毛の獣だ。
 その子に押し倒されるようにして、1人の生徒が寝転がっていた。
「うわっ、だ、大丈夫ですか?」
「んー? 大丈夫ってなに?」
 天使……かもしれない彼は、俺たちに気づいた様子で顔を横に向ける。
 前髪で目が隠れていて、見られているのかどうかよくわからないけれど。
 クリーム色と黒が混じっていて、変わった髪色の子だ。
「魔物が、その……早く逃げないと……」
 よく見ると、彼はなぜだかズボンを履いていない。
 どういうことだろう。
「こういうの、興味ある?」
 俺たちにそう言うと、彼は大きく足を開いてみせた。
「……見ていきなよぉ。俺が魔物と交尾するところ」
 ドクンと心臓が跳ねあがる。
 魔物と交尾するなんて。
 見たことないけど、アプサラスもそういうこともしているんだよな。
「ほら、おいで。はぁ……俺んナカ……んぁああっ!」
 魔物が覆いかぶさっているせいでよく見えないけど、たぶん入ってるんだと思う。
「その子、きみの使い魔?」
 動揺する俺とは対照的にネルが尋ねる。
「はぁ、あ……違う、よぉ? でも、誰かのだろうねぇ。こんなに飼い馴らされてる、しぃ……ふぁっ、あっ……んっ!」
「きみは、使い魔持ってない?」
「ううん、いるよぉ。この子じゃないってだけぇ……」
「そっか……」
 天使が使い魔を持つのは珍しい。
 この学園ではまあまあいるみたいだけど。
 そもそもこの人は天使なのか?
 それとも悪魔?
 こんなことをしているのに、翼も羽も角も出していない。
「なぁに? 使い魔欲しいのぉ?」
 ネルの考えはあっさり見破られる。
「どうしてわかったの?」
「こんな場所に来る天使なんて、だいたいそうでしょぉ?」
 ネルの方を見てみるけれど、そこに翼は生えていない。
 俺だって出していない。
 それでも、なんとなく天使だってバレてしまったみたい。
「……天使にはそうそう懐かないよ」
 交尾中にも関わらず、彼は静かな口調で、忠告するみたいに告げる。
「君たちみたいな子には、とくにねぇ」
 口調とは裏腹に、口元は笑っていた。
「な、なんで……」
「ビクビクしながら森に入ってくるような天使に、魔物が懐くと思う?」
 言われてみて気づく。
 俺たちは魔物が怖い。
 魔物に対して警戒心を持っている。
 それなのに懐かせようなんて、難しいに決まっている。
 隣でネルが、しゅんとうなだれていた。
「な、なにか方法はないの?」
 俺が尋ねると、彼は少しだけ間を置いて――
「使役させられるくらい強くなるか、卵から孵すかじゃない?」
 そう答えてくれた。
「卵……」
「そっか。小さい魔物じゃなくても、卵を探せばいいんだ」
「この時期は、たくさん卵が落ちてるからぁ……いいのが見つかるかもしれないねぇ……ふふ……ぁはっ」
 楽しそうに告げた直後、とたんに熱っぽい吐息を洩らし始める。
 そういえばこの人、魔物と交尾している最中だった。
「ふぁっ、あっ……ぁんっ……ぃきそ……ああっ」
「えっと、その、教えてくれてありがとう、ございます」
 隣でネルがお礼を告げるのに合わせて、俺も一応頭をさげる。
「い、行こうか、ネル」
「うん」
「ははっ……いってらっしゃ……ぁあっん、いくっ!」
 俺たちはひとまずその生徒と魔物から離れることにした。


「なんか変わった人だったな」
 歩きながらネルに声をかける。
「うん……でもアドバイスくれたね」
「卵、探してみる?」
「探したいんだけど、その前にちょっといい?」
 突然立ち止まったかと思うと、ネルが俺の手を引っ張った。
 なんだろう。
 下から、かわいい顔で俺を見あげる。
 少し頬が赤い。
「はぁ……あの人の前では平気なフリしてたけど、なんかムズムズしてきちゃった」
「ムズムズ?」
「だってあの人……すごく気持ちよさそうだったし……」
 熱っぽい視線が俺に突き刺さってきた。
 恥ずかしくて、視線を逸らしそうになってしまう。
 なにかを期待するような目。
 ピンク色の瞳が、少し潤んでいるように見えた。
 少し前までは、半分青かったんだけど、アイムが上級クラスに行くと同時に、元に戻したらしい。

 かわいくてかわいくて。
 俺は誘われるみたいに、ネルと唇を重ねた。
「ん……」
 お互い差し出した舌先を絡めあう。
 舌先だけじゃ物足りなくて、深く舌が密着するように、顔を傾けながら味わっていく。
 ネルが俺の背中に手を回してくれて、俺もまたネルの腰を抱く。
 引き寄せると股間のモノが布越しに当たった。
 いつの間にか硬くなってしまっていたんだと気づく。
「んぅ、ん……ゼルク……ぁ……」
 ネルが待ちきれないみたいに、俺のズボンのチャックを下ろす。
 お互いの性器を取り出すと、ネルは2本まとめてそれを掴んだ。
「ぁ……ネル……」
「ゼルクの、熱い……」
「ネルのだって……」
「あ……あ、ゼルク……擦って……」
「うん……」
 ネルの性器に触れようとしたそのとき――
「……そこらへんにしておけ」
 横から声をかけられる。
 そこに立っていたのはサリエルだった。
「う、うわぁっ! な、なに!?」
「ん……はぁ……ゼルク……」
 ネルはあいかわらず、小さな手でなんとか掴んでいる性器を擦り続けたまま。
「え、あ……ネル、その……サリエルが……!」
「はぁ……サリエル……? ふぁ……あっ」
「そういう声でネルに名前呼ばれんのも悪くねぇな」
 ネルは見られてもあまり気にならないタイプらしい。
 というより、そっちまで気が回らないのかもしれない。
 気持ちいいことで頭がいっぱいみたいで、蕩けた表情で俺を見つめたまま、腰をくねらせる。
 なんていうかすごくエロい。
 かわいくて、このまま続けてしまいそうになる。
 すぐ隣にサリエルがいるってのに。
「ん、もう……どっか行けよ、サリエル」
「いや、それはまずいな」
「え……?」
「お前ら、羽出さずに射精出来んの?」
 羽……翼を出さずに射精……。
 そんなこと、しようなんて考えたこともなかった。
 でもここは森だから、翼を隠さないとたぶん魔物に狙われてしまう。
「ど、どうしよう。ネル……」
「ぁ、あっ……ぅん、俺……あっ……出ちゃう……もぉ……出ちゃいそぉ……」
 ことの重大さを理解していない様子で、それでもサリエルの問いにネルが喘ぎながら答える。
 サリエルはわざとらしくため息を漏らすと、ネルの背後に回って、その体を俺から引きはがした。
「あ……」
「はいはい、手も止めような」
 ネルを拘束するみたいに、サリエルが両手首を掴む。
 体が離れたせいで丸見えなネルの性器からは、すでに先走りの液があふれてしまっていた。
「や、サリエル……」
「2人でイチャつくのは勝手だけど、森で理性なくしてんじゃねぇよ」
「うぅ……」
「もうわかったから、ネルのこと離せよ」
「森でエロいことしないって約束できるか?」
「お前に約束することじゃないだろ。しねぇけど」
「ネルは?」
「…………しない」
「よし」
 やっとサリエルがネルの手を離す。
 ネルは不機嫌そうに口をとがらせながら、性器をしまい込んでいた。
 俺も、慌てて出しっぱなしだったものをしまう。
 消化不良だけど仕方ない。
「つーかお前らなんでこんなとこで盛ってんだ? ドMか」
「それは……」
 少し考えれば危険だってことくらいわかる。
 それでも、ついしてしまったのは、あの変な人のせい。
「さっき、向こうでエロいことしてる人がいたんだよ」
 不機嫌なままネルが答えないから、代わりに俺がサリエルに教えてやる。
「森でやってるやつもたくさんいるけど、お前らみたいなのはやめた方がいい」
 お前らみたいなの……か。
「さっきエロいことしてた人にも『君たちみたいな子』って言われたよ」
「君たちみたいな子がなんだって?」
「森にびびってるから魔物は懐かないって……そんなようなこと言ってた」
「うん、まあ間違ってねぇ」
 変な人に見えたけど、案外まともなこと言ってたんだな。
「お前らはただでさえ天使丸出しなんだから、気をつけとけ」
「天使丸出し?」
 首をかしげる俺とネルの頭にサリエルがポンと手を置く。
「この色は、悪魔じゃなかなかねぇ」
 俺もネルも、白色の髪をしている。
 厳密には少し違う色味なんだけど。
 こういった薄い髪色の悪魔はあんまりいないらしい。
「そういえばサリエルって白髪好きなんだよな」
 ふとそんなことを思い出す。
「んー……まあな」
「ねぇねぇなんで? 天使っぽいから?」
 頭を撫でられたまま、ネルが尋ねる。
 機嫌はもう直ったみたいだ。
「忘れられない元カレが白髪でね」
「え!」
 俺とネルの声が重なった。
 サリエルは企むように笑っていて、それが冗談なんだと気づく。
「なんだ、嘘かよ」
「さぁな」
「じゃあじゃあ、その元カレとはなんで別れたんですかー」
 ネルがワザとっぽく敬語でサリエルに尋ねる。
 サリエルは、俺たちににっこり笑いかけながら答えた。
「死んじゃったから」
「え……」
「おいサリエル、そういう冗談やめろよな」
「はいはい。悪かった」
 冗談……だよな?

「それで、森に来た理由は?」
「魔物の子供を使い魔にできないかって、ネルと考えてたんだ」
「魔物の子供ねぇ……」
「卵でもいいんだけど」
「卵?」
「俺たちみたいなのが使い魔を持つ方法は、強くなるか卵から孵すかって、エロいことしてた人が言ってたから」
「エロいことしてたやつと、なにそんなべらべら話してんだよ」
「それは……成り行きで」
 あの人の相手、魔物だったし。
 でも、話しすぎたかもしれない。
 俺1人だったら、あんなに話していなかっただろう。

「まあいいけど、卵はオススメしねぇな」
 せっかく使い魔を手に入れる方法がわかったというのに、サリエルに否定されてしまう。
「なんで?」
「まずお前ら、どんな使い魔が欲しいんだ?」
 俺はクーシーがいるから、とくに使い魔が欲しいってわけでもない。
 ネルは少し考えるそぶりを見せた後サリエルに答えた。
「ふさふさした獣みたいな子がいいな」
 クーシーみたいなやつか。
「お前が欲しがってる獣タイプは、まず卵から産まれねぇ」
「そうなの?」
 ネルが、驚いた表情で俺を見る。
「ゼルク。知ってた?」
「ううん。卵から産まれないってどういうこと?」
「腹ん中である程度育ってから出てくんだよ。そのままの形でな」
 そのままの形……。
「よくわからないんだけど」
「卵から産まれない生き物もいるってことだ。森ん中に落ちてる魔物の卵は……変態王子んとこのボティスみたいなやつか、人間界の鳥みてぇなやつか、ドラゴンタイプがほとんどだな」
 ドラゴンタイプ。
 たしか天使の羽が大好きで、食べちゃうやつだ。
 そんなの絶対、使い魔になんて出来ない。
「見分けらんねぇだろ。ドラゴンタイプが産まれたらどうすんだ」
「う……」
「今度また付き合ってやるから、ひとまず今日は帰りな」
「……わかった」
 なんだか子ども扱いされているみたいだけれど、仕方ない。
 たぶんサリエルより頭悪いし。
 森から追い出すみたいに手を払うサリエルに背を向ける。
「……俺の冗談、本気にすんなよ。元カレなんていねぇから」
 振り返ると、そこにはもうサリエルの姿はなかった。


「元カレ、いないって……」
 ネルがぼそりと呟く。
「うん……」
「なんで、誰も死んでないって言ってくれないんだろう」
 ネルは変なところで敏感だ。
 言われなきゃ、たぶん気にならなかったのに。
 ネルの言う通り、本気にするなってわざわざ言うくらいなら、元カレがいないことよりも、誰も死んでないって言ってくれた方が安心する。
 安心するし、自然だと思う。
 本当に、死んでいないのならだけど。
「サリエル……本気にすんなって言ってたし、気にしない方がいいのかも」
「そっか……。そう……だね。そうしよう、ゼルク……」

 この学園は、なにかしら理由があって来ている人たちばかりだ。
 悲しい過去や嫌な過去のひとつやふたつ、たぶんみんな持っている。
 触れられたくない出来事かもしれない。
 だからこれ以上、本人には聞かないけれど。
 サリエルの忠告は素直に聞いておこうと思った。

 どちらからともなくネルと手を繋ぐ。
 鐘の音が鳴り響くと、俺たちは逃げるようにして森を後にした。