■小さな嘘■椿涼介 2月14日


「椿先生、それ、生徒からですか?」

 机の上に乗っかったチョコの包みを見てか、同僚に声をかけられる。
 普段、あまり話すことは無いが、義理チョコでも配りにきたのだろう。

「まあ、ありがたいことに」
「さすが、モテますね」
「こんなおっさんによくもまあとは思いますが」
「おっさんだなんて。……年上の男性は魅力的です」
 そう言って、俺にチョコらしき包みを差し出してくれる。
 この人、俺より年下だっけ。
「ありがとうございます」
 まあ意識はしたくないしされたくもない。
 軽い感じで受け取り、引き出しへとしまう。
 ついでに机に出したままだった生徒からのチョコもしまった。

「椿先生って、彼女さんとかいないんですか」
 そういうの、男が女に聞いたらセクハラとか言われるんだろうな。
「いませんね」
 一瞬、彼女の顔が綻ぶ。
「ちょっと、昔好きだった人が忘れられなくて」
 そう付け足すと、分かりやすく残念そうな顔をされた。

 バレンタインか。
 当たり前のように義理チョコを貰うくらいで、大したことはなにもない。
 そりゃ貰えれば嬉しいしありがたいけど。
 女の人も、わざわざ義理チョコを用意したり大変だな、なんて思う。

 それでも、この日は会う口実が作れる。
 俺もずいぶんと女々しいな。
 自覚はしているが、きっかけが欲しい。


 仕事後、宮坂が勤めている学校の駐車場を確認する。
 宮坂の車はまだ停まっていた。

『仕事終わりそうか? よければ少し話したい』
 メールで伝え返事を待つ。
 ほどなくして『お疲れさまです。もうすぐ終わります』と、相変わらず丁寧な返事が帰ってきた。

 学校近くの喫茶店で待ってると伝え、俺はコンビニに寄る。
 レジ近くに作られたバレンタインコーナーから、適当なチョコを2つほど取り会計を済ませた。

 なにやってんだろうな、俺は。
 もともと用意しておいたチョコの入った紙袋に、2つチョコを追加した。



「すいません、待ちました……よね」
 メールでやり取りしてから30分くらい経っただろうか。
 喫茶店で俺を見つけてくれる。
「全然待ってないよ。仕事大丈夫だったか。急に悪いな」
 前もってバレンタインに会いたいだなんて言ったら身構えられそうで。
「大丈夫です、構いません」

 注文を取りに来た店員に、宮坂がコーヒーを頼む。
 甘い物が好きなくせに、苦いコーヒーも好きらしい。
「宮坂、甘い物好きだったよな」
「はい、好きです」
「俺、甘い物ってあんまり得意じゃないんだけど、職場で結構貰っちゃって」
 紙袋をテーブルの上に置く。
 宮坂は中身が予測出来たのか、少しだけ嬉しそうな顔をした。
 すぐさま表情を正すと、手に取って中を覗いてくれる。
「あの、いいんですか。これバレンタインチョコですよね」
「構わないよ。みんな義理だし。それにそれが全部ってわけじゃないから」
 なるべく宮坂が気にしないように。
「でも、義理とはいえ一応、椿先輩のために用意された物ですし……」
「まあね。ただ、俺はそんなに食べられないから。捨てるくらいなら好きなやつに食べてもらう方がいいだろ」
 納得したのか頷いて、宮坂はまた中身を気にする。
「あの、ちょっと見ていいですか」
「いいよ」
 そわそわした様子を隠すように、少しだけ妙な顔つきをした宮坂がチョコを取り出した。
「……これ、本当に義理なんですかね」
「義理は義理でも、女のプライドってもんがあるんだろ。それなりにいい物渡したいっていう」
「ああ、それはありそうですね」
 本当は、全部俺が用意したものだけど。
 1個は本命。
 宮坂に食べて欲しいチョコ。
 もう2つはカモフラージュだ。
「椿先輩、モテるんですね」
「女が多いだけだよ」
「食べるの楽しみです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「今度なにか、お礼とか……」
「いや、ホント構わないって。まあよければ来月、酒でも奢ってくれ」
「はい、奢ります」
「冗談だよ」

 お前は気付いてないだろう。
 バレンタインにチョコあげて。
 ホワイトデーにも、口実を作って。
 そんなこと、こっそりやってる俺がどんだけ女々しいか。

 好きだから、今の気持ちは伝えない。
 好きだから、これ以上近づかない。
 擬似的で構わない。少しでも、恋人らしいことがお前と出来れば俺は幸せだ。

 一方的に、俺が満足してるだけなんだけど。
 しょうがない。
 これ以上近づいたら、今の関係は確実に壊れるだろうし。
 友達なら意味がない、なんて思えるほど強くは無い。
 友達でも構わないから、いまのままでいたいと思う。
 
「そろそろ帰るか。明日もお互い仕事だしな」
「はい。あ、ここは俺が……」
 宮坂より先に伝票を奪う。
「いいよ。俺が出す」
「でも、チョコまで貰って、俺……」
「チョコは貰いもんだし、いいって。気になるなら、また今度で」
「……じゃあ、今度、本当に飲みにでも」
「ああ。楽しみにしてるよ」



 ホント、なにやってんだろうな、俺は。